20年前のあの日、福岡から東京へ帰る飛行機の中で私は途方に暮れていた。
その1ヶ月前に、夫に他の(初めてじゃない、何人めかの)女性がいることが発覚し、「(私と彼女の)どっちらを愛しているかわからない」などというものだから私から離婚を切り出したら、「別れたくない」とひと晩泣かれてしまい、すったもんだの末に夫が彼女と別れると約束し、けっきょく離婚はしないと決着した。
ところが仕事で長期滞在している夫に会いにきた福岡で、夫と彼女がまだ別れていない、なんなら別れ話もしていないことを知ってしまった。
離婚する・しないと大騒ぎして、私の両親と友達には、とうとう随分前から夫婦関係が上手くいっていないことをハッキリ話してしまったので(小出しにして話してはいた)、相当心配させてしまったし、かなり呆れさせてしまった。
あれから1ヶ月しか経っていないのに、別れていないことが判明しても、両親や友達に「やっぱり離婚する」などとはとても言い出せない。
どうしたらいいのか分からず、目の前が真っ暗になった。
もう消えてなくなりたかった。
ホテルのバスルームのドアに、バスローブの紐を引っ掛けて、自殺を試みた。
死んだら楽になると思った、そのとき。
友達たちと家族の顔と、ある想いが脳裏に浮かんだ。
「私がここで死んだら、みんな私のことを許しはしないだろう」
「みんな私のことで自分を責めるだろうし、一生後悔するだろう」
「私は、私の愛する人たちに、そんなひどいことをするのか?」
自殺は思い留まった。
けれど、前に進むことも、引き返すこともできなくなってしまった。
帰りの飛行機では、そんな八方塞がりな状態でずっとぼんやりしていた。
ふと窓から外を見ると、空は雲ひとつなく青く澄み渡り、午後から夕方に向かう陽の光に照らされた東京がものすごくきれいだった。
そのとき、閃光のようにひとつの言葉が頭に浮かんだ。
「そうだ、ワーホリに行こう」
義両親にその決意を伝えるために羽田から夫の実家へ向かう車の中で、私は運転しながら大声を上げて泣いた。
西に向かって車を走らせていたので、西日がものすごく眩しかった。
悲しみと不安に押しつぶされながら、暗澹たる気持ちで嗚咽していた。
西日に包まれた街は、黄金に輝いていた。
ワーキングホリデーという制度は前々から知っていて、興味はあったけれど結婚していたし、年齢制限も近く、現実的に行けるとは思っていなかった。
あのときなぜ「ワーホリに行こう」と突然思ったのか、いまでもわからない。
いま「私の人生のターニングポイントはどこだったのか?」と振り返ると、私はあの日の飛行機から見た東京の風景と、号泣しながら見た西日に輝く街の風景を思い出す。
降って湧いた想いが、人生を大きく変えた。
人生の岐路に立ったとき、思い切って飛んでみた(散々悩んだけどね)
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